2009年11月16日(月)
「禅」の言葉です。
「禅」とは曹洞宗の高祖、道元禅師が広めた教えです。
その中の言葉に
“花枝自短長”(かし おのずから たんちょう)
というのがあります。
どういう意味かといいますと、、、(平たく言いますね)
「同じ木でありながら、花の枝には短いものや長いものいろいろな枝があります。
いろいろな枝があるからこそバランスがとれているのです。
当たり前ですが違いがあるからこそ美しい。
いろいろな人がいていいわけです。」
ということだそうです。
またひとつ勉強になりました。
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日記|
コメント(9)|
2009/11/16 10:24
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あ!Σ( ̄□ ̄!
そういえば!!小学校の校歌も♪松の緑の晴れ渡る〜…と始まります!
…やっぱり松の緑…^^
たまごさん
松は酸性雨とマツクイムシ。これで枯れちゃうらしいですね。
海岸の松はとても美しいですね。
島根と言えばクロマツ。白砂といえば松の緑。
いつの頃からかこれを美しいと思うようになりましたね。
松の緑…と言えば、あれは10年くらい前かなぁ…隠岐に帰省した時、島の松のほとんどが松喰い虫にやられてだったか枯れてしまっていて、そのあまりの悲惨な景色に涙がでるくらい悲しく衝撃を受けました…西ノ島中学校の校歌は♪松の緑に海深く〜♪という歌詞から始まるくらい自慢の景色です。今やっと再生してきて嬉しいです。
島根壱号さん
松江開府のころは斐伊川も西の大社湾に注いでいたころですよね。
想像ですが、松江の平野も水害の少ない平地だったのかも知れませんね。松の緑いいですねー。
話はずいぶんそれるかもしれないけど、この盆栽松を見て、思い出しました。
「松江」の言われって、入り江(渚)に松が多く生えていた所、からきているのだそうです。
しかも、松江の松は、垂直に立っている松は殆ど無く、厳しい自然環境で育ち、曲がりくねった松が多いです。そんな、盆栽松を大きくしたようなこの松のことを、「そなれ松」と言います。
静かな入り江に、松が点々と生え、そこに月が出ている、そうゆう風情が、太平記の松江として出てきますが、 そんな曲がりくねった松を見たとき、とても風情のある、力強い、「良い」松だと感じる人は多いと思います。
しんしんと冷え込む宍道湖畔で、松の木の向こうに昇る月を見ると、禅の世界に少し浸れるかもしれません。
なるほどー。
みんなちがってみんないい…
世界に一つだけの花…
うん、素敵な言葉ですね。
書の題材にもよさそうですね。
禅…機会があれば今度触れてみます。
ふむフムフム
すごく 勉強になりました。
禅の言葉は胸に刺さる言葉が多いです。
もう少し勉強しようと思っています。
植物の枝や葉っぱは一見してまちまちなようで実はいろいろな規則性の上にあるのです。
葉っぱの出方や、重なり方。枝の分岐の仕方など観察してみるとわかりますよ。
“花枝自短長”(かし おのずから たんちょう)
にはそういう道理というものも含まれているように思われます。